若林正恭さんの初の小説となる「青天」を読んでみました。こっちはネタバレを多分に含みますので、ご注意ください。
本屋に行って、小説なんかないかな?と思い目に飛び込んできたのがこの本でした。何気なしに買って、読んでみることにしました。
事前情報は何も入れずに読む。なぜなら作者は有名人。インターネットを調べると、おそらくいろいろな情報が氾濫しているはずです。
先入観を持って本を読んだら失礼なんじゃないか思い、そのような心境でこの本と向き合ってみました。
おかげでとても面白く読ませていただきました。
もちろん、気になったことは読了後に調べましたりもしました。
プロの作家ほど文章が洗練されているわけではないけど、実体験に基づいた経験が書かれてあるところは、ものすごくリアルで、息遣いが聞こえるほど鮮明に情景が浮かびました。
ただ、アメフトのルールとかをもっと知っているともっと立体感が増したのは確かです。
よければチェックしてみてください →オードリー若林の初小説「青天」:記載順にアメフト用語解説。ネタバレ無し
本書はすらすらと読め、どろどろとした熱い熱意と鬱屈したフラストレーションが昇華されていき、読んでいて楽しかったです。ただそれ以上に、私には若林さんがどういった人間なのか、赤裸々に告白している文章に思えてなりませんでした。
また、個人的には岩崎先生の話が一番印象的で、面白かったですね。
それでは感想を書いていきます。
河瀬は賢い気弱な春日のイメージで良い
河瀬のモデルは春日だろうと思い、ネットを検索。するとインタビューで
「春日ではない。ほかにモデルがいる」
との回答。
ちょっとびっくりしました。河瀬のイメージはずっと春日で違和感がありませんでした。
確かに、いつも最悪を想定し、知的で理屈っぽいアメフトオタクってところは春日さんとは違う気がしますが・・・
やっぱり多少の差はあれ、ほぼ春日。
なんで春日なのか?と考えてみると、やっぱり関係性ですね。これが完全に春日と重なります。
頼りもするし、頼られもする。そこに言葉が不要だったり、やさぐれた不良の期間もなかったことにされ、いつも通りの関係性でいてくれる。たぶん春日さんも若林さんが何か事件を起こしたとしても、そうなんだ、仕方ないね、と言って、関係が崩れたりもしないような気がしますからね。
もし本当に照れ隠しではなく、河瀬が実在する人物がモデルでいるとするならば、若林さんの人間関係の作り方が独特で、こうした関係性になる人が多いのかも、と考えてしまいます。
河瀬と春日との大きな違い
河瀬=春日だと思って読んでいたからこそ面白いシーンがありました。
後半、アリが焦ってドツボにハマったときに河瀬が
「お前だけで走ってんじゃないんだよぉ!!みんなで走れバカっ!!」
と言われて、高度な作戦かと訝しがったけど、マジで怒っているんだと気づくところは本当に面白いし、春日さんに本気で怒られている若林さんが思い浮かんで笑ってしまった。
現実で春日さんが若林さんに本気で熱量の高い注文を付けることなんてあるのか?よく考えてみるとありえない気がしてくる。
この笑い、違いはどこから来るんだろう?と考えてみると・・・
そうか、河瀬はアメフトへの熱量があり、冷静に作戦を伝えて、アリを引っ張っていってる。
一方、春日さんは若林さんに誘われてお笑いをやり、若林のコントロール下でネタを言うように調教されている。
だからこそ、河瀬=春日だと思って読んでいると、予想を裏切らぎって河瀬がアリに本気でキレるからおもしろいんだ、とひとり納得しました。
それにしても河瀬はいいキャラクターをしているなと思いました。
他にも序盤の
「勝てるかもしれない」
は本当にしびれました。
知的で信頼のおける奴から、絶望的な状態でこの言葉。こんな頼もしいことはない。
結果付け焼刃でやられちゃうけど。
それでも河瀬はぶれない。ここでも、ちょっとしたことではぶれない春日を連想してしまうんですよね。
物語の根底にある若林さんの反骨精神
これを感じるのが、「青天」の面白さの大きな部分でした。
節目節目にラップ(実際に日本人のラップがほとんどでした)が出てきます。ラップのことはよく知りませんが、反骨精神をむき出しにして相手を言い負かすイメージです。
エミネムの8マイルを友達が好きで、なんとなく見ていたので、もしかするとその精神と同調するところがあるのかなと。
坊主にして眉毛も剃って高校生ではない存在(恋愛とかそういったものから外れた存在)になったありましたが、一体何に対しての反骨精神だったんでしょうか?
いい加減なQBの近野に対してか、くだらないグループのリーダーの丹波なのか。いや考えるまでもなく、盗撮し、ぼこぼこに打ちのめされ、悔しくてアメフトをあきらめられず、一部の後輩からも理解されない、情けない自分に対してなんだろう。しかもそのゴールが悔いがないよう、全力で負けたい。いい加減な過去の自分ではなく、全力を尽くして負けたい。なんとも歪んだように見える救いなんでしょうか。
「それが青春だ」
の一言でまとめられるのかもしれませんが、今の若林さんにもこの反骨心は時折見られる気がします。
実際に若林さんは部活のアメフトでこんな悔しい思いをしたのだろうか?
実はお笑い芸人として活動を始めたころの頃の心境なのではないだろうかと考えてしまいます。
売れる前の社会人としても芸人としても誰からも認められない存在。ホームレスでもないけど、社会の役に立たず、世間一般の当たり前とは言えない状態。
その焦りと葛藤の中、開き直りながら、お笑いに縋り付きながら頑張っているときの心境なのではないだろうか、と。芸人としてのバックボーンの話なんじゃないかと想像してしまいます。
しかしこの予想は何も調べず書いているので、完全な当てずっぽうなので、事実と全く違うかもしれませんが、なんかこの方がしっくり来てしまいます。
母親に対しても、世間を気にして、どこを向いて話しているのかわからないと言っていますし、単に反抗期ではない若林さん特有の反骨心のようなものがいろいろなところに見て取れてよいですね。
その中でも良かったのが、相手を皮肉った
全員同じ長さのロン毛で、髪の分け方も流れ方もあまりに一緒だ。スーツに切られているようで七五三の写真のようだった。
とか
「ストリートニュース」の出版は学研だ。学研だぞ。学研ひみつシリーズ。イケてる高校生のひみつか?
カッコだけ真似ている奴が許せないんだろうな、本質もわからずわかった風にイキっている感じが。
ふわふわ浮ついて、失敗し、反省して、落ち込んで開き直って攻撃的に突き進む。これがアリでもある若林さんの真骨頂なんだろうと思いました。
文章の表現と率直な感想
小説家でもないお笑い芸人が、ここまで文章を書けるのは単純にすごいなと思いました。おそらく言葉に対する感覚が非常に優れているのでしょう。
そうはいっても専門用語が多い。アメフト経験者ならもっと面白かったんだろうなぁと。やっぱりもう一度アイシールド21を読もうか検討する価値はありそうですね。
簡単に用語をまとめた記事を作っているので良ければそちらも参考にしてみてください。
→オードリー若林の初小説「青天」:記載順にアメフト用語解説。ネタバレ無し
良かったところ
それに比べ、アリの口が悪くなるところは全般面白かったですね。珍来のおやじとのやり取りの雑さは本人そのもので、絶対こんなのが好きなんだろうなと、にやにやして読みました。さすがはお笑い芸人。
あと、土やグラウンドに関する描写は非常にリアルだったし、ありありと光景が目に浮かび、体験から出る文章は非常によかったです。
アドレナリンの噴出
私にはコンタクトスポーツの経験がありません。だから試合が始まったら100%全力なのかと思っていましたが、タックルしないと体の芯に火が入らないことに驚きました。
私は本を読んで、「アドレナリンが出ると闘争か逃走かの行動を起こす」、という医学的な知識は持っていましたが、実際に自分自身にドバドバアドレナリンと湧き出すような経験をしたことがありません。
だからこそ、経験者の独特の生々しい描写で、なるほどアドレナリンが闘争のほうに向かうとこんな感じになるんだ、と新しい発見がありました。そして想像が膨らみ、自分も体験してるみたいに高揚しながらページをめくっていました。
クライマックスへの違和感と物語の核心
物語がいよいよ佳境に入り、アリの能力が開花して、押せ押せの雰囲気になってくるクライマックス。
しかし私はそこもで2つの大きな違和感に襲われました。それはまず、
1点差に詰め寄る最高に熱い場面。
若林さんの精神がエミネムの「8 Mile」のような、反骨精神むき出しで世界に噛み付く荒々しさと同調しているのはここまで読んできたし、テレビで話を聞いたりもしているので理解できます。
が、申し訳ないけど、私はラップやその文化をほとんど知りません。
そして、内気な私にはクラブなどは縁遠く、イケてる高校生の丹波のような人たちとラッパーが同じように見えてしまい、どちらかというと嫌悪感があります。
だからこそ、1点差に詰め寄る物語の最大のクライマックス。
ここでまさかの「餓鬼レンジャーの歌詞」の挿入にちょっと違和感がありました。
もちろん、ラップを突き詰めた先にある技術や熱量は本物なのだろうし、最高のイカした状態で流れるお気に入りの音楽ほど心が震えるものはないこともわかるんですが、
それでも最高の見せ場で他人の言葉を使うなんてもったいない!
アリなら
「他人のフレーズでスイムするんじゃないよ!ゾーンに入った魂から漏れ出たドロドロした熱いリリックをぶつけてやれ!お願いだからあいつの心のど真ん中にブラストしてやれよ!」
と薄っぺらいアメフトとラップの知識で、勝手にこんな風に思ってしまった。
イントロは餓鬼レンジャーでいいんだけど、ここを替え歌風の自分の言葉で紡いでくれたら、どんな若林流の詩になったのか?そしてその詩の意味を、しっかりフォーポイントスタンスで受け止めるのに。
というのが本音です。
伊部をぶっ飛ばした最後。
正直、
「ゾウとアリくらいのレベル差があったはずなのに、会場がどよめくようなとんでもないやられ方である「青天」を伊部がしたのか?試合中にそんなスーパーサイヤ人に変身するような変化が起きるんか?」
しかも文章には「当たった感覚がなかった」って書いてあります。
最初は、
「ああ、アリは強烈なタックルを食らって、脳震盪を起こし、半分夢を見ているのか」
と勝手に勘違い。
でも最後を夢落ちにするのも違和感があったので調べてみました。
どうやらランニングバックは基本的に最高速度で、セーフティーはそれに比べ速度が付いていない。
アメフトのエネルギーは質量×スピード、さらに低い体勢が整うととんでもないパワーになるらしい。
ということから、ゾーンに入ったアリが最高の状態、最高のタイミングの会心の一撃を繰り出し、本当に伊部を青天させたんだと理解しました。
感覚がなかった理由は、ゴルフボールを真芯でたたくと全く手ごたえが無くなるあの感じなのか?
シーシュポスの神話の話。
チームは負けたけど、伊部を青天させたんなら、シーシュポスの岩は山頂から落ちてこなくなったんではないかと思いました。じゃあ、そのあとどうなるのか?
めでたしめでたしで、ようやく物語が終わり、シーシュポスは次に転生でもするのだろうか?
いや、それは違う、シーシュポスの話は永遠に終わらないはず。
アリは今後も、きっといろんなことで苦悩し続けるはず。
あのシーンは、おそらく岩を置いた瞬間から、再び岩が山頂から転げ落ちてくるわずかな時間だったのだろう。
当たり前の青春を送る高校生から外れ、苦行ともいえる環境の中、岩を担いで山を登り、すべてが報われたわずかな短い瞬間が、まさに最後のシーン。そのわずかな瞬間のために、すべてを犠牲にして、今に集中し全力を尽くす。
しかも「この苦行こそが自由」だと、岩崎先生との会話の中にあった哲学的な答えがとても新鮮でした。
岩が再び転がり落ち始めるまでの栄光の瞬間に青春の答えが詰まっているのかもしれない、と、さわやかな印象を残して読み終わりました。
最後に
王道の青春小説。苦悩と悦びが確かにそこにはあり、さわやかな感情で最後のページを閉じることができました。
ラップのことを悪く言ったことは反省ですが、若林さんがそんなに好きなら、一度ちゃんと聞いてみないといけないなとも思いました。そしたら、次はもう少し素直に読めるのかもしれません。
個人的には歯に衣着せぬ物言いをするパートがとても面白かったので、今度はエッセイを読んでみようとおもいます。
